いつもをブログ見てくださってありがとうございます。
PONです。
自分の生き方ってなんだろう?一見するとみんなそれぞれに自分の生き方をしているであろうとは思うんですが、実は深堀りしてみると自分の生き方のようでそうではないどこか難しく考えてしまっている部分ってあると思うんですよ。
そんな中でも今日は3つに絞り一見悪いように見えてそれは全く悪くないしむしろ良いことだと思う点について僕なりに紹介したいと思いますので最後までお付き合いいただければと思います。
目次
人のマネをする
例えば僕であればミニマリストや芸能人、成功者のマネをしてみようと部屋をシンプルにしてみようと試みたり、発信活動や仕事への向き合い方も成功者などの本を読んだりして真似してみようとします。
しかし人のマネをしているときに必ずこう言ってくる人がいます。
「そんな○○のマネごとのようなことをしても無駄」「あれは成功しているからできること」「生まれも育ちも違う人間がしても無駄」「センスがそもそも違う」
などとなにか真似をすることに以上にアレルギーを示したり、真似しているさまを笑う人がいます。
そのときにいつも思います。
すべての芸能人が最初から影響力があり、顔が整っていたのか?
なぜ顔も全然整っていない男性でもときに異性にモテまくるような人が存在するのか?
Appleは何も真似せずにセンスだけで最強になった企業なのか?
極端な例と思われる人もいるかと思いますが、僕は真似を嫌う人にはいつも思います。女性がいつメイクを勉強したのか?
その眉毛の引き方だって最初は憧れや自分がきれいだと思う人の真似をしたり教えから学んでいったのではないのか?
完全オリジナルなどもう殆ど存在しないと思っています。
圧倒的に基盤を真似し、あとはその基盤をもとにどれだけ自分の色を出せるかが本当の勝負だと僕は思います。
失敗を嫌う
厳密には歳を重ねていくうちに何故か失敗は悪といったような思考になってしまって、過去の小さな成功や実績にしがみついてしまって、比較的成功率が高いものばかりを追い求めてしまって、新たなチャレンジに対して億劫になってしまっていませんか?
小さな頃僕はコケまくってときには涙しながらでも自転車に乗れるように練習していた自分を褒めたいです。結果的にそれは「諦めなければ最後はのれるようになる」「コケたら痛い」「おとなになっても乗れない人は乗れない」などその失敗しながらの体験から多くの学びを得ることができています。
おとなになってからの失敗で行くと、お金の勉強をしっかりとしてこなかったせいで、リボ払いや住宅ローンなど一通りの痛い目にはあってきました。そのうちマルチの勧誘とか近いうちに来るんじゃないかと思ったり笑
しかしこういった失敗は人によっては「恥ずかしい」という人もいるでしょうが、僕は現在でもその失敗のせいで死ぬことはありませんし、こういった痛い目を見ておくと二度と使用とは思わないぶん、年をとってから痛い目には合わなくても良いと思えるのは若いうちに痛い目を見てよかったと思っています。
今振られるのが怖くて彼女ができない
今失敗が怖くて転職をしぶっている
今友達関係を見直したいと考えている
こういった失敗を恐れて行動を悩んでいる人に一つだけアドバイスができるとしたら、その先にある最悪のシナリオを想定しておくことです。
例えば、好きな人に振られたり、実らなかった経験は僕は何度もありますが、その経験から少しずつ経験値を貯めて好きな人や友だちになりたい人とお近づきになれたこともまた多くあります。もしかしたら一瞬とても傷つく可能性はありましたが、僕はその先に一生の傷をおったり、命まで奪われることはないと考えます。
転職もそうです。最初は会社の人からチクチクいわれたりするかもしれませんが、そんなのも1ヶ月程度ですし、長いスパンで見たときには大した痛手にはなりません。むしろ引き止められたなら何か会社にとっては貢献できていたという証明でもあります。
極論中の極論を言うと、命まで奪われなければだいたいのことはできるようになっています。
むしろこういう考え方が大切だと思っていて、大変だろうけどこれぐらいのリスクだったら全然とりにいけるな
そうすることで今より確実にできることが増えますのでぜひ
ひとのせいにする
他責ということが僕はもったいないと思います。
しかし他責という意味を間違えると厄介です。
何でもとりあえず「僕はやったんですが、〇〇さんが〜」的なことを必殺技のようにする人がいますが、僕はあれは思考停止だと思いますしそういう人には大切なことは聞いたり、頼んだりしないようにしています。
だからといって全て「じぶんのせい」とだけ考えてしまうのはこれはとても残酷で最後には自分の身が滅ぶだけです。
大切なのはなぜ「問題がおこったのか」を自分で考えることです。
自分のこういう行動があったからあそこで問題が出たかもしれない
そう思う反面僕は集団での仕事や集まりのときに一人のせいで問題が起こることは限りなく少ないと思っています。
いろんな問題が重なって起きたりするもんです。なので一人から2個も鉄ぃ待って「僕がしっかりしなくては」とふさぎ込んでしまうことは絶対にやめてください。
さいごに
以上が3つの僕が自分らしく生きていられる実感の根源だと思っていることでした。
なりたい自分のために憧れやその土俵で成功している人を徹底的に真似してみる
リスクを想定し倒して煮詰めて煮詰めてどんどん失敗の先にプランを計画してチャンレンジの数を増やす
おきた問題を自分の頭でよく考え、次回につながるようにかんがえる
どろくさくやっていくことで生きていくことの面白さがきっと今の何杯も見えてきます。僕は特に20代中盤の頃は「一般的な人よりも少しいい生活だろう」とぐらいしか考えておらず、思えば様々なチャレンジすることも逃していたと思います。
そして様々なことを知っていた気にもなっていました。
自分なんて大したスキルもない、無能だ
以前の自分であれば無能だから無能なりに生きていこうと諦めることだけでしたが、大体の人は「無能でセンスがないからたくさん勉強をする」
これでいいんだということに20代のうちに気がつけたのは大きいです。
勘違いしたままで自分がなにか素晴らしい才能やセンスがきっとあるんだなんて思いながら年をとっていたらと思うとぞっとします。
ぜひ泥臭くやってみてください
面白い本をいくつか貼っておきますのでぜひ